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NRSは、兵庫県西宮市越水町にある
スポーツサイクル専門の自転車屋です。
ロードレーサー,トライアスロンバイク,
ツーリングバイク,シティバイクの販売、
修理。
カーボンホイールやカスタムバイクの
ご相談もお気軽にお問い合わせください。

Neutral Racing Service

〒662-0864
兵庫県西宮市越水町1-2
ニューフタバサンモール内
駐車場有
TEL 0798-22-1988
営業時間 10:00~19:00
定休日:水曜日&木曜日
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コラム01
規則とフェア

規則=一定の決まり(ニューセンチュリークラウン国語辞典より)
規則に反している事は確かに悪いことでしょう。
では、規則だけを守っていればそれでいいのでしょうか?
規則にないことはやってもいい。というのは間違っていませんか?
「規則に違反するとペナルティーを受ける。」というのも納得出来ます。その規則に従っていれば、ペナルティーを課されない。では、規則に従っているように見えればいい。と考えるのは変な話でしょう。
私は間違っていると思います。
私は、規則の意味を再度考える必要があると感じています。
規則というものが国際社会から学校教育まで至るところにあります。それは国際法であったり、校則というものであったりします。あらゆる人に解りやすいようにするため、これらは明文化されています。
しかし、その文を鵜呑みにするだけでは全く意味はありませんよね?
その文を押しつけても、「なぜこの規則は、必要なのか?」ということを理解していなければ、理解させなければ、何の意味もありません。明文化されている事は外的な抑制力です。それは、もっと重要な事を伝えるために設定されていることが多いのです。
スポーツにおける規則とはフェアプレーや紳士的淑女的な行為、人間の倫理観や尊厳と言った物を明文化したものです。そういったものを事細かに明文化することは、量があまりにも多く、馬鹿げていると言えます。
規則(レギュレーション)を厳守した上でプレーすることはフェアプレーの精神といえるでしょう。
精神とは人の内側に存在する、内的な物です。それを他人が見て判断することは困難だとも言えます。
スポーツはフェアプレーでなければ成り立ちません。そのスポーツを極めようとすれば、フェアプレーに徹する必要があります。プレイヤーという立場を卒業し、スポーツを支える立場へ移動しても同じです。そういった立場にはコーチ、コミッセール、それらを統括している組織、団体が当てはまります。
2004年、高校野球連盟が「茶髪、まゆぞり禁止」という新しい規則を追加しました。
私には意味がわかりません。しかし、規則になった以上、これに反する選手は罰せられることになります。
では、この規則を有効にすることで、何がどう変わるのでしょうか?少数の選手(であると願っています)が
この新しい規則を犯しているという事と、幾つかの問題を短絡的に結んでいるだけのように思えます。
高校野球を卒業した選手の多くが何らかの形で野球と関わりを持ち続けます。よほどの事情がない限り、
きっぱり野球と縁を切ることは無いはずです。それは、野球がとても魅力的であるからです。
それゆえこの国では、野球は文化として広く認知されているのです。
高校を卒業後、その才が認められ「プロ野球」と言う団体で野球を生業にする選手も居ます。
大学にその才が認められ、スポーツ選手枠で「学連」と言う団体に入り、その才をさらに伸ばしながら大学教育を受けることが出来ます。
ほとんどの選手が目指すのはイチローや松坂大輔でしょう。
2004年にイチロー選手は偉業を成し遂げました。MVPは確実だろうと思っていたのですが、バリーボンズのホームラン記録の前に屈しました。しかし、バリーボンズはシーズン終了後、ドーピングをしていたことを自ら告白しました。
アメリカという国には変な風潮がたくさんあります。それは、建国230年足らずで彼ら独自の文化が皆無であるからでしょう。
「銃を持つ権利」を自分たちの文化として堅持するばかりでは無く、世界の警察官としてあらゆる国の紛争に介入し、自分たちの論理や価値観を押し付けます。圧倒的なテクノロジーと物量を用いてその国を占領した後、武装解除を求めます。自分たちは頑なに「銃を持つ権利」を主張しているにもかかわらず武装解除を求めるのです。それに従わなければ子供であろうと殺します。無差別殺人です。
それを正義と言ってはばかりません。
バリーボンズのドーピングの告白はどう見てもフェアなものではありません。しかし、アメリカと言う国は告白した勇気をたたえ、悪いのはドーピング物質を含んだサプリメントを売った方だと考えます。
サプリメントを売った会社は記者会見で事細かく説明し、悪いこととして謝罪します。そうすると、アメリカでは謝罪したことのみを大きく捉え、やがてその会社は潔いとみなされるのです。
罪を犯したにもかかわらず、誰もそのことを指摘しないのです。
イチローは良くも悪くも秀でていました。彼は滋養強壮剤のCMに出演していました。
それは、エフェドリン、無水カフェインといったドーピング違反となる薬物の含まれた物です。
彼がそれを知らなかったはずがありません。確信犯でしょう。
松坂大輔は従来の日本人投手に無かった投球フォームを持っていました。正確には、投球後の腕のフォロースルーが特殊でした。それゆえ、2004年以降も順調に行けば彼の球速はまだまだ上がると言われていました。
しかし、彼はプロ野球という組織に入ってから、後に結婚する相手に会いに行くために無免許で自動車を
運転し、法律を犯しました。また、彼は茶髪で眉毛を剃っていました。
彼らは、自分たちを目指してスポーツに取り組む少年が沢山いることを知っています。知っていながらやってはいけない事をしています。罪を犯しても、罰せられなかったり短期間の謹慎処分を受けることで許されています。それは規則に無い罪であるからであり、その規則を作っている組織や団体が一般社会から見て時に滑稽に移る「自分たちに都合の良い事」しか考えない存在であるからです。
自転車競技においてフェアプレーを逸脱することは、時に生命の危険を伴います。それゆえにそのレギュレーションには「茶髪、まゆぞり禁止」などと言う意味不明なものは存在しません。競技自体が精神的肉体的に厳しいからです。この競技を極めようとすれば、必然的にフェアな人間となるのです。
一般的に、海外で自転車競技と言えば「ロードレース」のことを示します。日本のナショナルヘッドコーチもそのことを強調していました。ツールドフランスに代表されるレースを走る選手にも色々なタイプの選手が存在しますが、クライマーという登坂に優れた選手であっても、日本の並みのスプリンターより高いスプリント能力を持っています。逆に、ロードスプリンターであっても日本の山岳スペシャリストよりも高い登板能力を持っているのです。
ツール・ド・フランスで活躍するスプリンターは延べ3000km以上走った後に(山岳ステージを含む)、1000mTTに換算すると60秒台のタイムが出る速度で最終ステージのゴール前スプリントを行うのです。
日本は自転車後進国です。それでも、世界基準であるロードレースのシリーズ戦が行われるのです。
レベルはどうであれ、日本国内では最高峰のレースであることは間違いありません。
JJカップ。
実業団自転車競技連盟に加盟している、もしくは認められたチームが参加できます。広く門戸の開かれているレースです。JPCA、高体連、学連に参加する選手も参加できます。BR-3、2、1というカテゴリー分けがなされており、そのカテゴリー分けを元にレースを行います。
2004シーズン終了時には129チームがシリーズを戦っていました。
自転車の実業団選手には、個性的な風貌や容姿を持った選手が多く見られます。茶髪の選手もいれば、
眉毛を剃っている選手も居ます。髭を生やしている選手もいればロンゲの選手もいます。
一見ちゃらけた様に見えますが、継続的に実業団レースで走る為にはフェアプレーが身についている必要があります。最高カテゴリーであるBR-1で走れるようになるには当然のことでしょう。逆に、身についていなければ短期間しかBR-1で走ることは出来ないでしょう。
アンフェアなことをして勝っても、それは真の強さではありません。そういう選手は、プレーヤーとして結果を出しても認めてもらうことは出来ないでしょう。規則に無いからやっていい、規則に無いからやらなかったなどと言っている選手を誰が信用しますか?
かつて、女子大として唯一自転車クラブを持っている大学がありました。コーチはイギリス人。
その大学の英語講師です。そのコーチは、テレビの取材でレポーターにこう質問されました。
「過酷なロードレースを走らせるために、どう言う厳しい規則を作っているのですか?」
コーチは、「競技そのものが厳しいので、何も規則はありません。必要ないのです。」と答えました。
レポーターは「心頭滅却」などといった精神論に基づく答えを期待していたようです。
精神論を否定しているわけではありません。しかし、容姿や目の届くところでのみ、規則を守っていればいいと言った誤解を招きがちです。規則の裏にある事も考えていきたいものです。